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大阪地方裁判所 昭和49年(ワ)5062号 判決

昭和四八年(ワ)第一一一八号事件原告

島崎時子

ほか二名

被告

大阪府

ほか二名

昭和四九年(ワ)第五〇六二号事件原告

アメリカン・インターナシヨナル・アシユアランス・カンパニー・リミテツド

被告

福池一敏

主文

(昭和四八年(ワ)第一一一八号事件)

被告福池一敏、同福池敏子は、各自、原告島崎時子に対し金一一八五万三〇二七円およびうち金一〇七五万五三二四円に対する昭和四七年一〇月一一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を、原告島崎千晴、同島崎拓哉それぞれに対し各金一一二五万五三二四円およびうち各金一〇二五万五三二四円に対する前同日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告島崎時子、同島崎千晴、同島崎拓哉の被告大阪府に対する請求および原告島崎時子の被告福池一敏、同福池敏子に対するその余の請求を棄却する。

(昭和四九年(ワ)第五〇六二号事件)

被告福池一敏は、原告アメリカン・インターナシヨナル・アシユアランス・カンパニー・リミテツドに対し金四五万円およびこれに対する昭和四七年一一月二五日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用中原告島崎時子、同島崎千晴、同島崎拓哉と被告福池一敏、同福池敏子、同大阪府との間に生じた分のうち同原告らと被告福池一敏、同福池敏子との間に生じた分は同被告らの、同原告らと被告大阪府との間に生じた分は同原告らの負担とし、原告アメリカン・インターナシヨナル・アシユアランス・カンパニー・リミテツドと被告福池一敏との間に生じた分は同被告の負担とする。

この判決は、原告ら勝訴の部分に限り仮にこれを執行することができる。

事実

(昭和四八年(ワ)第一一一八号事件)

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告らは、各自、原告島崎時子に対し、金一一八五万五三二四円および内金一〇七五万五三二四円に対する昭和四七年一〇月一一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を、原告島崎千晴および同島崎拓哉それぞれに対し、各金一一二五万五三二四円およびうち各金一〇二五万五三二四円に対する前同日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告一敏、同敏子)

原告らの請求を棄却する。

(被告大阪府)

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二請求原因

一  事故の発生

1  日時 昭和四七年一〇月一〇日午前一時三〇分ころ

2  場所 堺市辻之一一九〇番地先路上

3  加害車 普通乗用自動車(泉五五は三二九〇号)

右運転者 被告福池一敏

4  被害車 普通乗用自動車(大阪五五ゆ五六六六号)

右運転者 亡島崎康昭

5  態様 東進中の被害車と西進中の加害車とが衝突した。

二  責任原因

1  運行供用者責任(自賠法三条)

被告福池敏子は、加害車を所有し、自己のため運行の用に供していた。

2  一般不法行為責任(民法七〇九条)

本件事故現場近辺の道路は交差点設置工事途中であつて直進できず、被告一敏の進行方向から見て左側へカーブしていたのに、被告一敏は、酒気をおび最高速度制限に違反して運転したため、カーブの発見がおくれこれを曲がりきれず中央線をはみ出して反対車線に進入して進行した過失により本件事故を発生させた。

3  道路の設置管理の瑕疵責任(国賠法二条)

被告大阪府は、本件道路の管理者であるところ、その設置管理につぎのような瑕疵があり、これが原因となつて本件事故が発生した。

(一) 本件事故当時の道路の状況は、つぎのとおりであつた。

(1) 本件事故現場は、東西に伸びる府道泉北中央線のいわば迂回路上であつて、この迂回路は、現場から東方約一〇〇メートルで泉北中央線の完成された部分(以下、東側道路という)に、西方約二五〇メートルで同じく完成された部分(以下、西側道路という)にそれぞれつながつている。このため、東側道路を西進してきて西側道路へ入ろうとする車は、東側道路の前方(西方)が工事未完成であつたため、この未完成部分を避けて、進路の左側(南側)へ迂曲する右迂回路を通行しなければならなかつた。

(2) 泉北中央線の完成された東側、西側道路は、いずれも、外燈の設置された幅員約二メートルの中央分離帯があり、東行き、西行き各車線とも幅員約一〇メートルの二車線であるのに対し、未完成部分を避けて南方へ迂曲している迂回路部分のみは、中央分離帯はなく、かつ、道路幅員は約九メートルの狭小なものとなり東行き、西行き二方向対面交通となつていた。

(3) 東側道路や迂回路には、工事施行中であることを示す標識がどこにも設置されておらず、しかも、未完成部分のところには、西進車から見て道路が左側(南側)にカーブする旨の警戒標識はなく、単に東側道路が迂回路とつながる地点から東方約七〇メートルの道路左側(南側)の路端に「幅員減少」と「二方向交通」を示す警戒標識が設置されていたにすぎない。

(二) 本件道路の設置管理について、つぎの瑕疵があつた。

(1) 本件事故現場付近は、現実には事故当時工事中ではなかつたが、それは未完成部分の用地未買収のため単に工事が中断していたにすぎず、本来予定されていた工事の途上であり工事中といつてさしさわりのない危険な状況であつたのであるから、交通関係者に対する注意を喚起するため、工事標識予告板を設置すべきであつたし、泉北中央線の東側道路と西側道路とは一直線であるため、東側道路を西進してきた車両が、未完成部分の南東側と迂回路との接触部分(東側道路の西行き車線をそのまま西方に延長させたとき、これが未完成部分と接触する部分)から未完成部分へ突入するおそれがあるから、右部分には少なくとも柵で囲いを設け、工事標識予告板および右柵には、夜間でも工事中であることを示す赤色燈をつけるべきであつたのに、これを怠つた。

(2) 泉北中央線の完成した部分が一直線であることは前記のとおりであるが、夜間にあつても、東側道路と西側道路の中央分離帯にある街燈が一直線につながつているため遠くから一直線の道路と見える状況にあり、未完成部分に至つて突然に道路が西進車から見て左側(南側)へ迂曲するのであるから、車両運転者が安全に左側へ迂曲することができるだけの余裕をもつた地点に、前方が左側へ迂曲する旨の標識を設置すべきであつたのに、これを怠つた。

(3) 東側道路の西行き車線のうちの中央分離帯寄りの車線を西進していた車両からは左端に設置された前記「幅員減少」「二方向交通」の標識を見落すおそれが十分にあるから、中央分離帯にも右標識を設置すべきであつたのに、これを怠つた。

(4) 泉北中央線の東側道路を西進してきた車両にとつては、東側道路と迂回路とのつなぎ目で、それまであつた中央分離帯がなくなるとともに、道路が左側に迂曲し、かつ、対面交通になる非常に危険な場所であるから、中央分離帯がなくなる標識の設置をなし、未完成部分の南東側と迂回路とが接触する部分の迂回路の中央線には何らかの警戒物を設置し、特に夜間には東側道路の中央分離帯がなくなる地点から右の中央線にかけて赤色燈を設置するとともに左側に迂曲する旨の補助標識を設置すべきであつたのに、これを怠つた。なお、東側道路の西端(中央分離帯のなくなるところ)から西方に向けて左曲りに道路中央線上に幅員減少の導流帯(ゼブラ)が白線で地面に標示されていたが、このゼブラは、一〇ないし二〇メートルくらい直前になつて初めて分かるものであつて、あまり用をなさない。

(三) 被告大阪府は、本件道路の設置管理の瑕疵を認め、本件事故後に、現に以下の措置を講じた。

(1) 東側道路の西端より東方一二〇メートルの地点から、西行き車線をガードレールによつて二車線から一車線へと変更した。

(2) 東側道路西端から東方約八〇メートルの間に、西行き車線の両側(左端と中央分離帯上)に、幅員減少の注意看板を五か所にわたつて立てた。

(3) 前記のとおりガードレールにより一車線へと減少したところを「工事区間の制限速度三〇キロメートル」とした。

(4) 前記ゼブラ上に道路上の障害物接近標示物を設置した。

(5) 未完成部分の南東側と迂回路との接触部分に、西進車から見て左方を指す「赤の矢印」および「赤丸侵入禁止の標示棒」を設けた。

三  損害

1  死亡

康昭は、本件交通事故によつて死亡した。

2  亡康昭の逸失利益 三二二六万五九七四円

亡康昭は、訴外株式会社協同宣伝大阪支社営業部にヘツドキヤツプとして勤務し、死亡前一か年の所得は二三五万九一六一円で、所得税と地方税の一か年間分合計一三万六〇〇〇円および同人の生活費として昭和四三年全国全世帯平均家計調査報告にもとづく年間生活費(一か月につき二万一一〇〇円)二五万三二〇〇円を控除した一九六万九九六〇円が同人の年間純収入となる。そして、亡康昭は、事故(死亡)当時三七歳であつたから、その就労可能年数は死亡時から二六年で、その間前記と同額の収入があるものと考えられるから、同人の死亡による逸失利益を月別ホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、三二二六万五九七四円となる。

3  亡康昭の慰藉料 二〇〇万円

亡康昭は、働きざかりにその生命を絶たれ、その家族は妻の原告時子(事故時三七歳)、長男の原告千晴(事故時九歳)および次男の原告拓哉(事故時五歳)であり、これに事故態様等を併せ考えると、その被つた精神的苦痛に対する慰藉料として右金員が相当である。

4  権利の承継

原告らと亡康昭との間の身分関係は前記のとおりであり、原告らは、康昭の死亡により前記3、4の債権を法定相続分にしたがつて相続して取得した。

5  原告らの慰藉料

原告時子 一〇〇万円

原告千晴、同拓哉各五〇万円

夫もしくは父を失つたことに対する慰藉料として右金員が相当である。

6  弁護士費用

原告時子 一一〇万円

原告千晴、同拓哉各一〇〇万円

四  損害の填補

原告らは、自賠責保険金五〇〇万円の支払いをうけた。

五  本訴請求

よつて、請求の趣旨記載のとおりの判決を求める(付帯請求は、民法所定の年五分の割合による遅延損害金である。ただし、弁護士費用に対する遅延損害金は請求しない。)。

第三請求原因に対する答弁

(被告一敏)

一は認める。

二の2のうち、本件事故発生について被告一敏に運転上の過失があつたことは認める。

(被告敏子)

一のうち、加害車の運転者が被告一敏であつたとの点は否認し、その余の事実は認める。事故時加害車を運転していたのは訴外上田裕である。

二の1のうち、被告敏子が加害車の所有者であるとの点は認める。

(被告大阪府)

一は不知。

二の3の冒頭のうち、被告大阪府が本件道路の管理者であることは認め、その余は争う。被告一敏が本件道路を通行するのは初めてではないのであるから、夜間であつても道路がカーブしていることに気づかないはずはなく、同被告が飲酒のうえ制限速度を超えた速度で漫然と見込み運転し、被告大阪府の設置した警戒標識とゼブラ標示を無視したために本件事故が生じたのである。

二の3の(一)の(1)のうち、府道泉北中央線の一部が工事未完成であるとの点は否認する。原告らが「未完成部分」という土地は、被告大阪府が将来これを道路とする計画を有している土地であるが、いまだ用地買収すら完了せず、工事に全然着工していない単なる道路予定地にすぎない土地であつて、本件道路をもつて工事未完成の道路というべきものではない。なお、本件道路は、昭和四七年三月三一日に工事完成し、同年四月二〇日から供用開始された。

二の3の(一)の(2)、(3)は認める。ただし、本件道路は事故当時工事施工中でなかつたから、工事施工中であることを示す標識を設置する必要はなかつた。

二の3の(二)は争う。(1)については、前記のとおり、工事施工中でなかつたのだから、工事標識予告板のごときものは設置する必要がない。(2)ないし(4)については、泉北中央線の東側道路と西側道路との間に約三五〇メートルの工事未着工部分があるが、東側道路と西側道路とを連絡するための迂回路(これを東側道路を西進してきた車両に対して左側へ迂曲するもので、幅員は約九メートルで東行き、西行きの二車線に分離したもので、昭和四七年四月から供用開始された。)を設置したので、東側道路西端から東方約七〇メートルの左側(南側)路端に「幅員減少」「二方向交通」の警戒標識を設置し、東側道路西端の中央分離帯の途切れたところより、西方に向けてやや左曲りの迂回路の中央線上に長さ約二七メートルのゼブラを白線で地面に表示した。右の「幅員減少」「二方向交通」の警戒標識は、高さが約三メートルあり、東側道路の西行き車線を走る車両からははるか手前(約二〇〇メートル)から優にこれを望見認識することができ(運転者は前方のある一点のみを凝視しているのではなく、その注視力の及ぶ範囲はある程度の幅をもつている。)、なお、右の警戒標識の設置場所は、総理府建設省令「道路標識、区画線及び道路標示に関する命令」別表第一により、左側の路端と定められている。右のゼブラは、その手前約一〇〇メートルの地点から認識することが可能で、近づくにしたがつて判然と確認することができるようになり、その手前四〇メートル付近からは極めてはつきりとゼブラの地面標示を認識することができ、夜間の場合は、前照燈の光にゼブラの塗料中に混ぜられているガラスビーズが反射してより一層容易にこれを認識することができる。右に述べた警戒標識とゼブラ標示とを総合して、西進車両には、このゼブラ内に入つてはならないこと、ゼブラの先端において道路は東行き、西行きの二車線に分かれていることがわかり、二車線間の中央線をこえて北側の東行き車線内に入ることが許されないものであることが容易に判断できるのである。また、東側道路と西側道路との間には約三五〇メートルの工事未着工部分があつて、東側道路を走行する車両が西側道路までの間連続直線道路となつていると判断できる状況ではないし、原告らがいう未完成部分(工事未着工部分)は、道路面より高い土手となつていたのであるから、通常の注意をもつて西進走行すれば、前記の左曲りのゼブラと合わせて、前方道路が左に曲つていることを容易に知ることができた。したがつて、原告らが主張する設備を設ける必要はなかつた。

二の3の(三)の(2)については、本件事故のように飲酒運転・スピード違反という無謀運転による事故が発生したため、人命尊重の立場からあえて入念に設置したのであつて、被告大阪府が本件道路が危険な状況にあることを自認したものではない。

三、四は不知。

第四被告らの抗弁

一  免責(被告敏子)

本件事故は亡康昭の一方的過失によつて発生したものであり、加害車の運転上の過失はなかつた。かつ、加害車には構造上の欠陥または機能の障害がなかつたから、被告敏子には損害賠償責任がない。

二  過失相殺(被告一敏、同敏子)

本件事故の発生については亡康昭にも過失があるから、損害賠償額の算定にあたり過失相殺されるべきである。

第五証拠関係

本件記録の書証、証人等目録記載のとおりであるからここにこれを引用する。

(昭和四九年(ワ)第五〇六二号事件)

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文第三項同旨。

訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

第二請求原因

一  事故の発生

昭和四八年(ワ)第一一一八号の請求原因一記載のとおり。

二  責任原因

一般不法行為責任(民法七〇九条)

昭和四八年(ワ)第一一一八号の請求原因二の2記載のとおり。

三  損害

本件事故により訴外株式会社協同宣伝は、その所有する自動車(本件事故の被害車)の全損をうけた。事故当時の右自動車の評価額は五〇万円であつた。

四  原告の権利取得

原告は、訴外会社との間で右自動車の物的損害につき保険契約を締結していたものであり、訴外会社に対し、昭和四七年一一月二四日右事故による訴外会社の右自動車の全損につき、保険証券記載の免責金額一万円およびその残存価額(スクラツプ)四万円を差し引いた四五万円を支払つた。したがつて、原告は、四五万円について訴外会社が被告に対して有する損害賠償請求権を取得した。

五  本訴請求

よつて、請求の趣旨記載のとおりの判決を求める(付帯請求は、民法所定の年五分の割合による遅延損害金であり、原告が訴外会社に対して保険金を支払つた日の翌日である昭和四七年一一月二五日から支払を求める。)。

第三請求原因に対する被告の答弁

一は認める。

二の本件事故の発生について被告に過失があつたことは認める。

三、四は不知。

第四証拠関係〔略〕

理由

第一事故の発生

昭和四八年(ワ)第一一一八号事件(以下、A事件という)、昭和四九年(ワ)第五〇六二号事件(以下、B事件という)原告らと、A、B事件被告一敏との間においては、両事件の請求原因一の事実は争いがない。

A事件原告らとA事件被告被告敏子との間においては、請求原因一の事実は加害車の運転者の点を除き争いがなく、加害車の運転者については後記第二の三免責の抗弁で認定するとおりである。

A事件原告らとA事件被告大阪府との間においては、原告時子本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる甲一号証、右当事者間において成立に争いのない甲二七号証によつて請求原因一の事実を認めることができる。

第二責任原因

一  一般不法行為責任(A、B事件被告一敏)

本件交通事故の発生について被告一敏に加害車の運転上の過失があつたことは同被告の自認するところであるから(その内容は後記三のとおり)、同被告には本件事故による損害を賠償する責任がある。

二  運行供用者責任(A事件被告敏子)

被告敏子が加害車の所有者であることは原告らと同被告との間で争いがなく、したがつて、同被告は、加害車の運行につきその支配と利益とを有していたものと推認することができるから、後記免責の抗弁が認められない限り、同被告には、本件事故による損害を賠償する責任がある。

三  免責の抗弁(A事件被告敏子)

その方式および趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲一〇号証の一、二、一二号証、一七号証、一八号証の一ないし三、一九号証、二一ないし二四号証、二七号証によれば、つぎの事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない(事故現場付近の状況は、被告大阪府の責任を論ずるところで認定するとおりである。)。

すなわち、被告一敏は、酒気を帯びて加害車を運転し、東側道路の西行き車線のうちの中央分離帯寄りの車線を時速約六〇ないし八〇キロメートルで西進中、その前方道路が左方にカーブして幅員が縮少しており、道路左側の路端に「幅員減少」「二方向交通」を示す警戒標識が設置されていたのにこれを見落し、東側道路と西側道路の中央分離帯に設置された街燈が一直線になつていると見えたことからその前方も直線道路であると軽信し、前方を十分注視することなく漫然と右速度のまま進行したため、道路が左にカーブしていることにその直前にいたるまで気づかず、加害車を対向車線内に進入させたうえ同車線の側溝ぞいに走行させ、同車線の中央よりやや側溝寄りの地点で、おりから対向してきた被害車にこれを衝突させた(なお、亡康昭は、東行き車線内を東進しており、衝突回避のためにブレーキ措置を講じた。)。

右認定の事実によれば、加害車の運転者である被告一敏に前方不注視等の過失があることが明らかであるから、被告敏子の免責の抗弁はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

四  道路の設置管理の瑕疵責任(A事件被告大阪府)

原告らと被告大阪府との間において成立に争いのない甲一〇号証の二、一九号証、乙一ないし三号証、五号証の一、二、六ないし八号証、証人広瀬明彦の証言によつて真正に成立したものと認められる乙四号証、証人広瀬明彦、同松村勲、同増田之男(第一、二回)の各証言、証人小池作佳の証言によつて、訴外小池作佳が昭和四七年一〇月二〇日本件事故現場近辺を撮影したものと認められる検甲一、二号証、原告時子本人尋問の結果によつて、原告時子が同年一一月四日同所を撮影したものと認められる検甲六、七号証、訴外丸山素直が同年同月八日同所を撮影したものと認められる検甲八、一四、一五号証、原告らと被告大阪府との間において訴外松村勲が昭和四九年八月一六日同所を撮影したものであることに争いのない検乙一ないし八号証、検証の結果(第一、二回)と弁論の全趣旨を総合すれば、つぎの事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

1  本件事故現場は、東西に伸びる府道泉北中央線の完成された東側道路と西側道路とを連絡するために設けられた長さ約三五〇メートルの迂回路上であること、この迂回路は、東側道路を西進してきた車両にとつては、東側道路の西端から始まり直ちに進路左側へとカーブしたのち直進し、さらに右側へとカーブして西側道路につながつていること(この点は争いがない。以下、西進車両、つまり本件事故の加害車と同方向へ進行するものを基準にして、右側、左側という。)

2  東側道路、西側道路は、いずれも外燈の設置された幅員約二メートルの中央分離帯があり、東行き、西行き車線とも幅員約一〇メートルの二車線であるのに対し、迂回路は、中央分離帯がなく、幅員は約九メートルで二方向対面交通となつていること(この点は争いがない)

3  府道泉北中央線が全部完成したときには東側道路と西側道路とはほぼ一直線に連続した道路となるはずであるが、現在の東側道路と西側道路との間の約三五〇メートルにわたる土地(原告らが未完成部分といい、被告大阪府が未着工部分という土地)の買収ができず右土地の工事に着工できなかつたため、迂回路を設けることとし、迂回路建設工事は昭和四七年三月三一日完成し、同道路は同年四月二〇日から供用開始されたこと(供用開始するに際して、大阪府警察本部、堺警察署、建設工事事務所の関係者が現実に車で走行して点検したが、安全性について問題となる点の指摘はなかつた)、したがつて、本件事故当時、本件事故現場近辺は工事施工中ではなかつたこと

4  本件事故現場付近の最高速度は、時速五〇キロメートルに規制されていること、そして、迂回路の曲線半径は一〇〇メートルであること、道路構造令によれば、この一〇〇メートルの曲線半径は、右の規制された最高速度(時速五〇キロメートル)を設計速度とした場合、道路の曲線部においても直線部と同様に安定して快適な走行ができるようにとの趣旨から規定された数値であつて、地形の状況等からやむをえないときには、この一〇〇メートルを八〇メートルにまで縮小してより急なカーブにすることが許されていること

5  迂回路のこのカーブは、かりに、東側道路の西行き車線のうちの中央分離帯寄りの車線を最高速度を時速にして一〇キロメートル上回る時速六〇キロメートルの速度で西進し、中央分離帯のとぎれる地点で初めて道路が左へカーブすることを発見し、これに応じてハンドルを左へ切つたとしても、後記ゼブラ内へ進入することなく(もちろん、対向車線へ進入しないで)十分にカーブに添つて走行できるものであること

6  東側道路の西端の中央分離帯のとぎれる所から西方へは、アスフアルト舗装された路面に、右分離帯の西端からやや左曲りに迂回路の中央線上に、分離帯の西端部分では幅が二メートル五〇センチメートルないし三メートルで最も広く、そこから西方へ行くにしたがつて次第に狭くなり、ついには迂回路の中央線へと解消してしまう長さ約二七メートルのゼブラ(縞模様)の導流帯が標示されていること(この点は争いがない)、このゼブラ標示(区画線)は、白い塗料(ラインフアルト)で標示され、この塗料の中にはガラスビーズが混入されているため、夜間においては、車両の前照燈の光を反射することによつて浮かび上がつて見えるようになつていること(検証((第二回))の結果によれば、このゼブラ標示は、検証当時土ぼこりによつて鮮明度が著しく低下していたが、それでも東側道路西行き車線上おおむねその手前一〇ないし二〇メートルの地点から認識することができた。)、東側道路から迂回路にかけては道路が若干の下り勾配となつている(本件事故現場ではこの下り勾配はそれ以東よりもやや急で一〇〇分の三である。)が、この下り勾配は、ゼブラ標示の認識についてさほどの障害となるものではないこと

7  東側道路の西端から東方約七〇メートルの左側の路端には、「幅員減少」「二方向交通」を示す警戒標識が設置されていること(この点は争いがない)、この標識は、高さが路面から約三メートルあり、そのはるか手前(約二〇〇メートル)からでも優に認識することができ、西行き車線のうちの中央分離帯寄りの車線を走行していてもこの認識を妨げられることはないこと、そして、右標識の設置場所に関しては、「道路標識、区画線および道路標示に関する命令」によつて左側の路端と定められていること

8  東側道路の西行き車線を西進した場合、とくに夜間にあつては、西側道路の中央分離帯に設置された街燈の並んだ線が、東側道路の中央分離帯の街燈の並んだ線と一直線に見えることがあるが、しかし、その間には約三五〇メートルにわたる工事未着工部分(この部分には右の線から外れた位置に二本の街燈があるのみである。)があつて、西側道路の街燈の線は相当前方(勾配の関係から七〇〇から八〇〇メートル前方)にしか見えないのであり、継続して前方に対する注意を払つてさえいれば、道路は東側道路から迂回路にかけて左へ下り勾配になつている地形であり、ゼブラ標示は左曲りであるから、東側道路と西側道路とが一直線につながつているものと誤認することはまずありえないこと

9  被告大阪府が本件事故当時交通事故発生の防止のために設けていた設備としては、ゼブラ標示と「幅員減少」等の警戒標識だけであつたこと(この点は争いがない)

そこで、右認定の事実に基づいて考えてみるに、東側道路の西行き車線を走行するに当つて通常の注意を払いさえすれば、「幅員減少」等の警戒標識を認識することができ、警戒標識を認識すれば、もし制限速度を超えた速度で進行していたのであれば、制限速度以内に減速し、かつ、前方に対してそれまで以上に注意を払うべきであり、そのようにすれば、ゼブラ標示の少なくとも約二〇メートル手前になるとこれを優に認識することができ、道路が東側道路から迂回路にかけて左へ下り勾配である地形と、左曲りのゼブラ標示から道路前方が左へカーブしていることを知り、右の警戒標識と合わせ考え、ゼブラの向い側は対向車線でありゼブラ内には進入してはならないことがわかり、十分な余裕をもつて自車線からはみ出ることなくカーブに添つて走行することができるのであつて(制限速度を超える時速六〇キロメートルの速度で、しかも、中央分離帯のとぎれる地点で初めて道路が左へカーブすることを発見してもカーブに添つて走行できることは前述のとおりである。)、そうである以上、原告らが主張する諸々の措置を講じなくても、被告のとつた前記措置によつて道路通行の安全性は確保されているものといえ(なお、工事中であることを示す看板等を設置すべきであるとの点については、前記のとおり本件事故当時工事施工中ではなかつたし、警戒標識を中央分離帯にも設けるべきだとの点については、前記のとおり命令で警戒標識は道路左側の路端に設置することとなつている。)、請求原因二の3の(三)の(1)ないし(5)の措置が本件事故後にとられたとしても、そのことは右判断を左右するものではなく、結局、本件道路の安全性に瑕疵があつたものとは認められないから、被告大阪府には本件事故による損害を賠償する責任はないものというべく、同被告に対する本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないこととなる。

第三損害

一  A事件

1  死亡

原告時子本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる甲二号証、その方式および趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲一三号証の二によれば、請求原因三の1の事実が認められる。

2  亡康昭の逸失利益 三三一五万九〇八一円

原告時子本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる甲四ないし六号証、証人小池作佳の証言、弁論の全趣旨、経験則を総合すれば、亡康昭は、事故当時三七歳で、訴外株式会社協同宣伝大阪支社営業部にヘツドキヤツプとして勤務し、死亡前一か年二六二万七四四〇円の収入を得ていたことが認められるところ、同人の就労可能年数は死亡時から三〇年、生活費は収入の三〇%と考えられるから、同人の死亡による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、三三一五万九〇八一円となる。

(算式)

二、六二七、四四〇×(一-〇・三)×一八・〇二九=三三、一五九、〇八一

3 慰藉料 小計四〇〇万円

本件事故の態様、その結果たる康昭の死亡、その当時の年齢、成立に争いのない甲三号証によつて認められる親族関係、その他諸般の事情を考えあわせると、慰藉料額は亡康昭が二〇〇万円、原告時子が一〇〇万円、同千晴、同拓哉が各五〇万円とするのが相当であると認められる。

4 権利の承継

前掲甲三号証によれば原告ら主張どおりの身分関係が認められ、原告らは、康昭の死亡により前記2、3(3については亡康昭の慰藉料)の債権を法定相続分にしたがつて三分の一ずつ取得した。

二  B事件

前記認定事実、証人田崎耕司の証言とこれによつて真正に成立したものと認められる甲B一号証、弁論の全趣旨によれば、請求原因三の事実が認められる。

第四過失相殺(被告一敏、同敏子)

本件事故の具体的な態様については免責の抗弁を判断する際に認定したとおりであるが、本件全証拠によるも、亡康昭において、加害車との衝突を回避しうるだけの時間的余裕をもつた時点から加害車の自車線進入等の異常な走行を認識していたとか、衝突を回避しえたのにそのための措置をとらなかつたとかの過失相殺として考慮しなければならないほどの過失を認めるに足りる証拠はないから、過失相殺の抗弁は理由がない。

第五損害の填補

A事件原告らが自賠責保険金五〇〇万円の支払いをうけたことは、同原告らの自認するところである。

第六弁護士費用

A事件の事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、A事件原告らが被告一敏、同敏子に対し本件事故による損害として賠償を求めうる弁護士費用の額は、各八〇万円ずつとするのが相当であると認められる。原告時子本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる甲七号証、弁論の全趣旨によつて真正に成立したものと認められる甲八号証によれば、同原告らは弁護士費用として右金額を超える額を負担したことが認められるけれども、右認容額を超える分は本件事故と相当因果関係があるものとは認め難い。

第七原告の権利取得(B事件)

前掲甲B一号証、証人田崎耕司の証言とこれによつて真正に成立したものと認められる甲B二号証、弁論の全趣旨によれば、B事件請求原因四の事実が認められる。

第八結論

よつて、A事件につき、被告一敏、同敏子は、各自、原告時子に対し金一一八五万三〇二七円およびうち金一〇七五万五三二四円に対する本件不法行為の日の翌日である昭和四七年一〇月一一日から支払いずみまで年五分の割合による遅延損害金を、原告千晴、同拓哉それぞれに対し同原告らの請求の限度額である各金一一二五万五三二四円およびうち各金一〇二五万五三二四円に対する前同日から支払いずみまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告時子の同被告らに対する請求は右の限度で正当であり、原告千晴、同拓哉の同被告らに対する請求は全部正当であるからこれを認容し、原告時子の同被告らに対するその余の請求、同原告ら三名の被告大阪府に対する請求はいずれも理由がないから棄却することとし、B事件につき、被告一敏は、原告アメリカン・インターナシヨナル アシユアランス カンパニー リミテツドに対し金四五万円およびこれに対する昭和四七年一一月二五日(同原告が訴外会社に対し保険金四五万円を支払つた日の翌日)から支払いずみまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるから同原告の請求を正当として全て認容することとし、訴訟費用について民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木弘 丹羽日出夫 山崎宏)

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